痙攣性発声障害という困った病気について

先日、痙攣性発声障害の患者様の手術をしました。
約40分の局所麻酔の手術後、声が出るようになった患者さんは、
前の主治医に6年間かかったものの、病名もわからず、症状も改善せず苦しかったこと。
声が出ないので職場でつらい思いをして、結局仕事を辞め無ければならなかったこと。
向精神薬を長期間服用したこと。

などを手術が終わったばかりの手術台で、とうとうと語られました。
そして声が楽に出ることの喜び、短時間の手術で良くなる病気に、
こんなにも長い間、なぜ苦しまなければならなかったのかと話されました。


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痙攣性発声障害という病気のことを知らない方がほとんどだと思いますが、
とても困った病気です。困る理由がいくつかあります。

1.患者様にとって、困った点
この病気で命を奪われることは決してありませんが、
声の障害のため仕事を続けられなくなるほど、社会生活上大変な苦痛を背負います。

2.家族、仕事の同僚、上司など周囲の人にとって困った点
これまで、元気に働いていた人が、声が出なくなり、仕事に支障が出てくる。
お客さんから苦情をいわれる。
病気とは思わず、本人につらく当たり、これにより、病気を悪化させてしまう。
最終的にご本人が仕事を辞めざるを得ない状況まで追い込んでしまうこともあります。

3.医師にとって困った点
病名は知ってはいるものの、具体的にどんな症状なのかわからない。
医学書には、文字や写真の情報は豊富ですが、音の情報は無いため、
実際に患者様がどの様な声なのかがわからず、診断できない。
声帯は正常に見えるので、異常ありません、精神的なものでしょうと言って、向精神薬を処方する。
症状の改善は得られない!?

痙攣性発声障害の患者様の声はとても特徴があるので、一度聞けばすぐに診断ができます。
当院の看護師さんは、患者様の問診をとっただけで、
痙攣性発声障害の患者さんがいらっしゃいましたと私に、報告してくれます。


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痙攣性発声障害の症状
それでは、痙攣性発声障害の方の声とは、どんな声なのでしょうか。
結婚式のスピーチなどで、緊張のあまり、声が詰まってしまう方がいらっしゃいます。
皆さんも、緊張しすぎると、声が震えて、絞り出すような声になってしまうことはありませんか?
聞いていると、とても苦しそうで、緊張感が伝わりますし、途切れ途切れで聞き取りにくいものです。

緊張すると声が詰まる方も、家族や友人とリラックスして話す時に普通の声に戻れば、問題ありません。
ところが、痙攣性発声障害の方は、いつも、詰まるような声です。
環境で変化することはあまりありません。
特に大きな声を出さなければならない時、震えは強くなります。

お客様に

「いらっしゃいませ」

「有り難うございました」

など、お話しするとき、特に最初の言葉が詰まってしまいます。

「きおつけ!」

と号令をかけなければならない方が、号令をかけられなくなった事もありました。

残念ながら、この病気の原因はまだわかっていません。
左右の声帯が内側に強く閉まりすぎるために、息を吐くことができず、声が詰まってしまうのです。
欧米では、昔から報告がありますが、
日本でも、近年の競争とストレスの多い社会環境の下、患者様が増えてきたように思います。
特に声を使う職業の方に、多い傾向があります。


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痙攣性発声障害の診断
それでは、どの様に、治療をしたらよいのでしょうか?

まず、痙攣性発声障害と似た症状の病気と区別して、正確な診断を得ることが重要です。
痙攣性発声障害と、よく似た症状を呈する病気に以下のものがあります。

★喉頭振戦
本態性振戦という病気の一つです。
本態性振戦は、何かをしようとすると、その部分の筋肉が震えてしまい、
意図したことがうまくできなくなる病気です。
たとえば、文字を書こうとすると、手が震えてうまく字が書けない、
首を一定の位置に固定しようとすると、首の筋肉が震えて、首が揺れてしまうと言った症状がでます。

喉頭振戦は、声を出そうとすると、声帯や、舌、のどちんこなどがふるえて、声が揺れてしまいます。
痙攣性発声障害では、苦しそうな印象、喉がつまった印象ですが、
喉頭振戦は、ワンワンと声が揺れるように聞こえ、息苦しい印象はありません。

★吃音
いわゆる、どもりです。
ちょっと苦しそうな場合もありますが、特徴的な構音の仕方で区別されます。

★Laryngeal Muscular Tension Syndrome
英語名しかありませんが、
精神的に緊張すると、声を出すのど仏の筋肉が緊張し、声が詰まったようになる病気です。
2週間、筋肉の緊張をとる内服薬を服用すると治ります。

以上の病気と、区別ができ、薬でも改善が得られない場合、痙攣性発声障害と診断されます。


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痙攣性発声障害の治療
欧米では、ボツリヌストキシンという、筋肉を麻痺させる毒素を、
声帯の筋肉へ注射する治療法が一般的です。
左右の声帯が閉まりすぎるのを、改善します。
注射した直後は麻痺が強く、ややハスキーボイスになり、毒素の効果が抜けてくると、良い声になり、
さらに毒素の効果が消えてくると、また詰まるようになるので、数ヶ月ごとに注射を繰り返す事が必要です。

日本では、オウム真理教がこの毒素を使ってテロを起こそうとしたことがありました。
また、この薬を日本に導入するための臨床試験の時に、贈収賄事件がありました。
現在日本では、この薬は眼瞼けいれんなど限られた疾患にのみ使用が認められています。
痙攣性発声障害に対する使用は、残念ながら日本では保険診療上認められていません。

2004年日本喉頭科学会で、
痙攣性発声障害治療のEBM(エビデンスに基づく医療)というシンポジウムが行われました。
日本で行われている、痙攣性発声障害の主な治療である、

音声治療
ボツリヌストキシン注射
内視鏡下の甲状披裂筋切除術
喉頭形成術2型

について実際の手術手技、手術前と手術後の患者様の音声を提示して、
それぞれの治療法の利点、欠点を明らかにしようという企画でした。
音声治療は効果が無く、他の治療は一定の効果が証明されました。

私が、喉頭形成術2型を担当しましたが、
術後の音声の改善が最も良かったのは、喉頭形成術2型だったと多くの先生より評価いただきました。

この手術は、一色先生が開発された治療法ですが、
日本が誇る音声外科のなかでも、特に世界から評価の高いものです。

首のしわに沿って、約3~4cm皮膚を切開し、
のど仏の真ん中を数mm開くことによって、声帯が閉まりすぎるのを防ぎます。
患者様の声を確認しながら、どれくらい広げるかを決めます。
患者様も手術中に、どの様な声になるか、ご自分で確認することができます。
痛み止めをするので、それほど痛みは感じず、1時間以内に終了します。
首の傷も、ケロイド体質がなければ、しわにまみれてわからなくなります。

これまで、30名以上の方の手術を行い、
左右で声帯の閉まる力が異なる方など様々なバリエーションを経験しました。
術式をその都度改良し、現在はほぼどの様な方でも安定した結果が出せるようになりました。

この手術の良い点は、1回の手術で症状が改善し、
術後は自分が痙攣性発声障害であるという意識が無くなる点です。
術後、もとの職場に復帰された方、これまで自宅ににこもりがちだった方が、また就職活動を再開するなど、
患者様が社会生活を再生されていくのをみるのは大変素晴らしい事と感じています。


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ご自分が、痙攣性発声障害ではないかと思われる方、お知り合いにその疑いのある方がいらっしゃる方は、
是非、専門医を受診するよう勧めてあげて下さい。

痙攣性発声障害は、治る病気です。

一日でも早く、痙攣性発声障害の苦しみから解放してあげて下さい。


院長

hozawa (2011年6月 6日 09:59)