"英国王のスピーチ" を観て


今年のアカデミー作品賞を受賞した作品で、私の専門の音声言語を題材にしているので、
以前から公開を楽しみにしていた映画でした。
ところが、公開後すぐに東日本大震災が起き、映画館はどこも一時的に閉館となりました。
先日ようやくDVDとなったこの作品を観ることができました。


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吃音症だったジョージ6世
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噂に違わぬ、素晴らしい映画でした。
吃音症を患ったジョージ6世のアルバート王子時代からの治療経過と、
吃音を克服し、ナチスドイツに立ち向かう英国をリードする
国民から敬愛される王へと成長する過程が描かれた映画です。
現エリザベス女王の父上の実話のため、なかなか出版できなかった作品でした。

アルバート王子は、吃音のため、大勢の前で演説を行う事ができません。
そのため、数ある名の通った言語聴覚士について治療をうけます。
言葉を作る、舌、口唇、口の動きを訓練する様々な方法を指導されますが、結果は惨憺たるものでした。


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言語聴覚士ローグとの出会い
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王子は、偶然オーストラリア人の言語聴覚士ライオネル・ローグの治療を受けるようになります。
ローグは、正式な資格はないものの、役者としての経験より、
第一次世界大戦後、心の傷より音声障害をきたした帰還兵を
独特の方法で治療し、成果を上げていました。

最初の診察の時、ローグは最新式のレコーダーを用い、アルバート王子の声を録音します。
その時、クラシック音楽を大音響で、ヘッドフォンから王子の耳に流し、
王子が自分の声を聞こえないようにしながら、ハムレットを朗読させました。
マスキング法という今でもよく使われる手法ですが、
自分の声を聞くことができないので、自分の声を意識せずに話すことができます。
すると不思議にも、脳からの様々な抑制がとれて、よどみなく話すことができるようになります。
アルバート王子の場合も、全く正常にハムレットを朗読することができました。
王子はこの録音を聞いて、自分への自信と、ローグの治療への期待が芽生えるようになります。

アルバート王子は自分の吃音は生まれつきの病気と考えていました。
ローグは王子の幼少時の経験を聞くことで、病気の原因を解き明かしていきます。
左利きを右利きに治す指導を受けたり、大変痛い思いをしながら、X脚を矯正する装具をつけられたり、
兄のディヴィッド王子に吃音をからかわれながら成長したこと、てんかんの弟が早世するのを経験したことなど、
王子の様々なつらい幼小児期の経験が明らかになります。
本人はあまり意識していない思い出ですが、
この様なつらい経験が吃音を起こしていることを、ローグは教えます。
そして、そのつらい過去の苦しみを共有しようとします。
アルバート王子とローグとの間に信頼関係が生まれていきます。


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言葉の障害は、人生に影響するほど大きい
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ジョージ6世を演じたコリン・ファースは、吃音の方の話を聞き、役作りをしたそうですが、
言葉の障害が、如何にその人の人生に大きく影響しているかを知り大変驚いたそうです。

言葉の問題があると、人と話すことに恐怖を感じる
自分の生活、活動の範囲が狭くなる
自分が話せる言葉でしか語れない
外国語で話すように、自分が表現したいことを話すのではなく
自分が話せることしか表現できないもどかしさ、苦しさを常に感じる

人にとって、コミュニケーションの手段である言語が如何に大切かがわかります。
言語に問題がある方は、見た目には健康ですが、
大変な障害を抱えていることを周囲の人は理解する必要があります。


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治療者にとって大切なこと
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ジョージ6世となったアルバート王子はローグの指導を受け、家族の暖かいサポートにより吃音を克服します。
第二次大戦の開戦に臨む演説を国民に向けて見事に行うラストシーンは感動的です。

どうして、ローグは他の多くの治療師が治療に失敗したジョージ6世の吃音の治療に成功したのでしょうか?
ローグ以外の治療者は、吃音の表面的な症状にとらわれ
言葉を作る口や舌の動きばかりに集中し、様々な訓練を行いましたが、
結局は小手先の治療で、失敗します。
ローグは、最新式の録音機材を利用して、王子に正常に話すことができる事を理解させます。
生まれながらの異常ではなく、幼小児期のつらい経験が原因にあることを教えます。
そして、病気の奥深い本質、原因に迫る治療を試み、王子との堅い信頼関係を築くことができました。

治療者と患者様の信頼関係が重要であること、
治療者は患者様の病気を持つことの苦しみを理解するとともに、
その病気の表面的な症状だけではなく、
原因となった事象を探ることが、
治療者にとってとても大切なことだと改めて、教えられました。


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言語聴覚士という職業
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さて、皆さんは言語聴覚士という職業をご存じでしょうか?
国家資格で認定された職業です。
聴覚や、音声言語、嚥下など人間が人として人生を楽しむための大切な器官に障害がある方の、
検査をしたり、回復のためのリハビリテーションを指導する職業です。

私も言語聴覚士を育成する北杜学園で、音声障害の授業をもう10年近くしています。
若い熱意のある学生さんに講義をするのは、とても楽しみです。
2年間の課程を修了し、国家試験に合格した後、様々な施設で活躍しています。
実地の現場で、難しい症例に当たると、相談してくれる場合もあります。
遠く秋田から、患者様を紹介してくれた事もありました。

言葉に障害のある方は、家にこもりがちになってしまうことがあります。
先日も10年来の吃音がありながら、治療を受けることなく過ごされてきた方が来院されました。
日本でも、音声、言語、嚥下などに障害を持つ方へのサポート体制が確立されつつあります。
どうぞ、内にこもらずに、お気軽に相談されては如何でしょうか?
きっと、行動半径も広がり、人生が変わる可能性があると思いますよ。

院長

hozawa (2011年9月12日 11:06)