東日本大震災後のめまいについて

先日、幕張で開催されました第70回日本めまい・平衡神経科学会で、地震酔いについて発表してきました。
地震酔いの演題は、関東の施設から2題ありましたが、東北地方からは、当院の発表だけで、
東北の医療機関ももう少し地震酔いについて関心を深めていただきたいと思いました。

さて、地震酔いで悩んでいらっしゃる患者様はいまだに沢山いらっしゃいます。
脳神経内科、耳鼻咽喉科で異常なしと言われ、
精神科に通院されている方がいらっしゃることもわかってきました。
地震酔いは、地震に対する不安が影響する面もありますが、
やはり平衡機能の障害で、きちんとしたリハビリテーションをしないと、
精神科のお薬だけではなかなかよくなりません。

震災後、沢山の患者様を診察しましたので、学会発表を機に、まとめてみることにします。


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東北地方太平洋沖地震の特徴
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今回の東北地方太平洋沖地震は、いくつかの特徴を持つ地震でした。
マグニチュードは観測史上最大の9.0で、震度は7強と大変大きな地震でした。
低角逆断層型のずれで、水平方向に大きな揺れを感じました。
継続時間も最大で3分10秒続いたところもあり、ほとんどの地域で2分以上地震が続きました
余震も多く、M5以上が579回、M6以上が96回、M7以上が6回で、最大震度4以上のものは208回もありました。
私たちは、人間として、これまで経験したことの無い揺れを感じたのです。


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地震後の平衡機能
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平衡機能を検査する簡単な方法としてマン検査があります。
綱渡りをするように、片方の足のつま先をもう一方の足のかかとに併せて、足を一直線とし、"気をつけ"の姿勢で何秒立てるかを診る検査です。
通常私たちは、目を開けても閉じてもこの姿勢で30秒立つことができます。

ところが、地震後、マン検査をすると、80%の人が開眼でも30秒以上立っていられませんでした。
そして、マン検査で異常な人は、地震後何らかのめまいを感じていたのです。
地震後もマン検査が正常な人はめまいを感じませんでした。
地震後、多くの方が平衡感覚を失っていたことがわかります。
私がOh!バンデスで地震酔いについて解説したとき、佐藤宗之さんにもしていただきましたが、地震酔いを判定する簡単で、もっとも有効な検査です。
地震酔いを感じられる方は、是非試してみて下さい。

震災後にめまいを訴える方には大きく分けて4つのパターンがあります。
1.既存のめまい疾患の悪化
2.地震のフラッシュバック
3.傾斜した住居に生活することによるめまい
4.後揺れ症候群


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既存のめまいの悪化
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ライフラインが止まったことにより、生活環境が大きく変わりました。
水分摂取が出来ず、脱水になり、脳梗塞や心筋梗塞を起こされた方もいらっしゃいました。
これまで内服していた薬が無くなり
電解質、特にナトリウムイオンのバランスがくるってしまい、ひどいめまいに悩まれた方もいらっしゃいました。

メニエール病や、前庭神経炎、良性発作性頭位眩暈、頚性めまい、起立性低血圧などの持病を持っていらした方が、
ストレスや生活環境の変化からめまいを起こしたり、難治化したりすることもありました。
震災後時間が経過し、生活環境の整備とともにこの様なめまいは少なくなっています。


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フラッシュバック
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私たちは、耳の中にある三半規管からの情報、皮膚・筋肉からの深部知覚、目からの視覚情報で体の釣り合いを保っています。
体で感じた加速度は脳幹というところで記憶され、次回、同じような加速度を感じたときに体が対応できる様にしています。
今回の地震も未体験の特殊な揺れで、私達の脳に強く記憶されました。
このメモリーが、ミシッという重低音や、不意の深部知覚や視覚情報の変化で、フラッシュバックされ、短時間の地震に類似しためまいを感じることがあります。
座っているときが多いようです。
この感覚は地震とほとんど区別が出来ず、まるで地震かと思うほどです。

体を動かして、どんどん別の感覚情報を脳に上書きしていくと、フラッシュバックが減っていきます。
大きな余震が起こると、再発する方もいらっしゃいますが、最近は大分少なくなってきています。


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傾斜した住居に居住することによるめまい
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今回の震災で、地盤が緩んだり、津波で一階部分に損害を受け、住居が傾いてしまった方がいらっしゃいます。
0.2-0.5度傾くと一部損、0.5-1度傾くと半壊、1度以上傾くと全壊と認定されることになりました。
イタリアのピサの斜塔は5.5度傾いています。
テーブルにおいたボールは0.36度傾斜すると自然に転がり始めますが、
人間は0.3度でも、その傾斜を自覚するといわれています。
傾斜した家に住んでいると、まっすぐに歩けなくなったり、頭痛、不眠、食欲不振、吐き気などの消化器症状に悩まされる様になります。
内科や脳の検査では異常はでませんが、マン検査が異常になります。
めまいの改善には、傾斜した家から退去する事と、めまい改善のためのリハビリが大切です。
残念ながら、傾斜した家にお住まいのうちは、めまいが改善することはありません。


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後揺れ症候群
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長時間船に乗って航海した後に下船し、
上陸してもまだ船に乗っている様な動揺感が数ヶ月から数年持続することがあります。
これを後揺れ症候群といいます。
40歳代の女性に多く、偏頭痛を併発することが多いようです。

今回の地震は余震が多く、私たちも長く船に乗っているのと同じような経験をしていますが、
震災のあと、この後揺れ症候群によるめまいに悩んでいる方がいらっしゃいます。
床が前に下がっていく感じ、建物が傾斜している感覚、体が常に揺れている感覚が常にあり、まっすぐに歩けなくなります。
随伴症状はなく、脳、内耳などにも異常ありませんが、マン検査が異常となります。
三半規管、視覚、深部知覚からの情報を統合する小脳前庭が、地震でうまく機能しなくなったためのめまいです。

薬物療法は無効で、リハビリが有効です。

横臥位で寝返りを繰り返すローリング、座位で左右に倒れる運動を繰り返す、
そしてラジオ体操の順番にリハビリをします。
めまいの時は、横になって安静にするのがよいといわれますが、
寝ていたのでは、地震酔いはいつまで経っても治りません。

地震後、平衡感覚がおかしいと感じられる方は、決して気のせいではありません。
検査をうけて、リハビリテーションの指導を受けてはいかがでしょう。

院長

hozawa (2011年11月22日 10:35)